フラットインタビュー vol.7 LIC訪問看護リハビリステーション 黒沢さん(おかわり編)

VOICE

後編で終わらずに「おかわり回」へ突入してしまったLIC訪問看護リハビリステーション の黒沢さんのインタビュー。前回は救命救急の病院から在宅看護の領域に触れていく中で、改めて学びたいということで大学院に進学するってところまでしか行けませんでした。この回では、黒沢さんの現在地とこれからのことについても話を聞いていけたらなぁと思いつつ、せっかくなので雑談ベースのところから記事としても載せちゃいます。

サービスの質から「民主化」の話に脱線…

– 顧客視点で考えるとか、サービスとして当たり前のことが意外にシンプルにごっそり抜けるってことが起きちゃったりするんですよね。これは医療や介護みたいなことだけに限らずなんですけど、医療の文脈で考えてみても、専門性の高いって言われるジャンルでは情報の非対称が強かったりすると起こりやすいすよね。

黒:大学院行って、看護のサービスの質って何で評価するかってことも学ぶんですけど、看護ケアってどうしても数値化できない部分が多いんすよ、医師の方が数値化しやすいんですよ。片方から見て良いと思っても、もう片方からみたらまた違うよね、みたいなことは当たり前に発生するんですよね。

でも、医療のサービスって考えた時には性質上責任が発生するんすよね。「すみませーん」では無理で、だって命に関わることだったりするし。専門性上のことでもあるし、相手の権利を擁護する立場でなければいけない、倫理的に。
で、探求品質、経験品質、信頼品質ってあって、看護ケアってそのサービスを購入したときには品質についてはわからなくて、時間がたってからはじめてわかるって部分だと思うんですよね。配慮する、仮説形成する、想像してみる、っていうようなことがサービスの質に関わることなんじゃないかなって。

 – 良かったですか??って言われてもわからないすからね。
自分でふと気づいた時だったり、ふとその問いを立ててみた時だったりに、はじめて考えることできるもので、「あれで良かったのかなぁ?」っと思った時にできるだけそう思えたらいいかもしれないし、「もっとああいう風にできたかなぁ」って思ったりするもかもしれないけどそれもすごくネガティブでもなく肯定できたり…。相手が考えて感じるときに、そこではじめて評価できる、くらいのものだと思ってるんですよね。それが3年後なのか、10年後なのか…くらいの。で、それがまた変わったりもするし。

黒:それって救急搬送に関しても同じような文脈になるんですよね。
納得してないけど、看護師との信頼関係が構築されていると「行きたくないけど、この人のいうことを信じてみよう」ってなったりするんですよね。それで、「あのとき行って良かった」って思えたりっていうのもあるし。
看護師としては、その時を切りとって、身体の状況を読み取りつつ、今までの経過や関係性の中でどんな話し合いをしてきていたか、どう認知されているかっていうことで、行きたくなくてもこの人の判断に委ねてみる、ってなるんだろうなって。

– 人に依存していくサービスって、基本的には信頼しかない。サービスに品質がどうこうっていうよりも。一定のクオリテイ以上はだしていて、納得できる量やタイミングで渡したり、置いてくる…みたいなことじゃないですか。家電とかと同じで、コモディティ化してるっていうとわかりやすいかもですけど、いっぱいお得ですよっていうサービスは必要とされてなくて、状況に合わせて引き算も考えて届られるかっていうようなことも必要じゃないですか。

黒:文脈とか、「そんなにサービスいらなくない?」ってチームが思っていても本人は「もっと必要」って思っているかもだし。少なくてダメなこともあるけど、多くてもダメってことも全然ある。
この前研修で伺った先で在宅の医師が言っていたことでもあるんですけど、「医療の民主化」っていうけど、それって医療職のものではないと思うんすよね。技術の差があるのはしょうがない。じゃぁ、だれのものかって考えた時に、やっぱり受ける側の人のいものじゃないですか。
うちのこどもの話になっちゃうんですけど、「お父さんが救急で働いていたときはすごいなって思ってたけど遠いところの話に感じてた。でも今はとっても専門性が高いのに身近な話をしているように感じている」って言われて、「医療は民主化が必要で、看護は身近さが必要なんだなって。でも専門性は高い」いうのが1つ理想なのかなって思って、境界線を曖昧にするとか、壁を壊すってとこにもつながるんだろうなー

手触り感があるってことかなって。自分ごとになりやすいっていうか。
そもそもお子さん自身が民主主義に向けて成長しているんだろうなって。受け取り手側の感度っていうのもすごく大事じゃないですか。
そもそも健康って与えられるモノでもないから与える/与えられるっていうか、ケアする/ケアされるっていうか、そのあたりって受け手になりっぱなしっていうのもやっぱり難しいですよね。

黒:医者に任せる、みたいな日本人の感覚じゃないですか。また、病院だとうるさい患者っていうフレームになっちゃうし。それってすごく良くないなぁって。
救急搬送のことについても、なんでこういうことが起こってるんだろうっていう構造としては多角的に考えられるようになっててきた部分もあって。
その中で自分ができることってなると、情報共有だったり看看連携をもっとシームレスに、もっと簡単に、もっと気持ちよくできた方がいいよねっていう1つのきっかけが病院の相互研修だったり。
病院の看護師が地域で働いている、訪問看護師が病院で働いているっていうのがもっとハードル低くできたらいいのになぁって。

 – 1人のひとの暮らしをささせるのに、仕組みとか環境側が古くなっていっちゃてる部分が多くなっちゃってるからそこを解体しつつ、そこを時代感に合わせたり、フットワークよく変化させていけるのかっていうのはキーになっちゃいますよね。

「訪問看護」「訪問看護師」って

– ポケットエコーのこともちょっと聞きたいんすけど、エコーって最初からやろうと思ってましたよね?

黒:もう病院にいるころからすね。訪問看護、ポケットエコーは同時っすね。

– 使っているとことかをなんとなくみてるので、病院に行かずにみれて、適切な判断がそこでできて、それを可視化して共有できることで納得感もつくれるみたいなことがあると思っているんですけど…

黒:限られた資源の中で、レントゲン撮れるかといったらそんなに簡単に撮れない、医者を呼ぶって言っても簡単には呼べない。じゃぁ看護師ができることって何かって言ったときに、見えないものが見えた方がいいってのがあって、でも見えたからいいってものでもなくて。もう1つみえたら判断が確実なものになる(臨床推論)推論プロセスというかその判断はすごく大事だと思っている、そのプロセス自体が利用者の暮らしの質とか健康とかを向上させる可能性があると思っているんすよね。判断してdoするまでの期間を短縮できるし、確実性があがるってとこですね。

 – 具体的にはどういう場面で使っているんですかね?

黒:簡単にいうと、身体の体液の管理っていうところで、おしっこがあるのかないのか。この人は水分が足りないのか、それともおしっこがつくられているけど出ないのか。体内が見えた瞬間に1つの事実がわかるってとこですね。

そうすよね、ブラックボックスですもんね。今日何cc飲んだかな?今日何cc飲んだかな??みたいなことですからねケアの現場では。それがより具体的にあるのか、ないのか。どこにどれくらいあるのかが見えちゃうってことすよね?

黒:熟練の看護師の真骨頂的な部分だし、この張り方だと…って経験や技術ももちろん大事だし、それがあってこそってなんですけど、推察するところにさらに視覚的に答え合わせもできるってメリットはあるんですけど、デメリットとして医者ではないので診断的な要素もあるので「看護師の範疇を超えてくる」って部分もあるな、と。なので伝え方はすごく神経を使う。
目的と手段の話になるんすけど、エコーを使うにはどうしたらいいかってことではなくて、これをしたいしここに課題感があってエコーを使ったらどうなるかってう風に整理して考えられないと…

 – 今のポケットエコーの使い方や考え方を聞いて、そもそもどういうケアであったり、看護であったり..っていう方向性があって、そこにチームでアプローチする中で判断したり、本人や家族を含めたチームであるとすると、納得感のある合意形成をしたりできるんだろうなって。

黒:大学院に行って、いろんなものに触れてさらに迷っていくっていう部分はあるんですけど…『どこにいても、同じケアの質を担保できる看護師でありたい』って思っているんすよね。
在宅看護って、専門性が高いっていうよりも、担っている部分が大きいっていうか、人をみる、環境をみるとか、仕組みをみるってことって、「訪問看護」って卓越してるなって思うし、それを修行できる場だと思う。そう思うと数%しかいない訪問看護師の数ってもったいないって思うんすよね。看護師のキャリアの中で看護学生時代を含め、訪問看護の魅力だったり深さだったりに触れられたりしたらいいのにって。

– 出会いって大事じゃないすか。
利用者として 家族としてどんな人やチームと出会うかって思うのも大事だけど、看護師として専門職として、キャリアを重ねていく中でどんな人に出会うかってめっちゃ大事じゃないですか。
これはwebが普及してきたからもあるだろうし、黒さんから情報をもらえるからってのもあるからなのかもしれないけど、「地域でやってる人たちは、やってるし。結果も出してる人がいる」って感じるんすよね。そこにアクセスできるか、そういう人やチーム、地域と出会えるかってことで訪問看護師が増えたり、病院勤務だったとしても退院時に送り出しの仕方がちょっと変わったり..みたいなことも増えるのかな、って思う。

黒:私たちは都市部で訪問看護なんですけど、もっと中山間地域での訪問看護が多いって言う事実を考慮すると(8割がこっち) だとすると私たちの環境が特殊で一般的ではない可能性が高い。偏りを最小化するってことは常に考えていかないといけないし、それって数とか規模とかも関わってきちゃう。仲間が増えたり、看護師としてのキャリアの中で訪問看護に触れられる機会やタイミングを作れた方がいいんだろうなって。

 

– 人材の部分すよねー。若い人たちの流入が少なかったり、流出しちゃうみたいのがあったとしたらもったいないし。働き方とかも多様にできそうだし、ライフスタイルもフレキシブルにいけるような気もするから今の時代にあっているというか合わせやすいような気はするんすけどね。でも、結局感情だから、シンプルに「ポケットエコーかっこよくない?」も大事すよね。

黒:そうなんすよね。病院の中よりも考え方とか向き合い方もフレキシブルな気もするし、病院勤務だとしても、一定期間在宅に行ってみたりして病院に帰っていったらいいし。

– でも、自分もいろんな場面で感じるんですけど「訪問看護」って病院に比べて舐められる感じないすか?すげーむかつくんですよね、あれ。

黒:実際在宅に来て感じましたけど、卓越してる人多いですよ。看護学の文脈でみたら、看護師さんと患者さんの関係ってこうだよね」って突き詰めたら抽出されるものってかわらないし。もちろん病院か在宅か、どっちががいいってわけでもないし、出入りできた方がいいし、お互いの専門性を知ってた上でぶつけたらいいですよねー

最近ホントに思うけど、「訪問看護」やった方がいい!!って。

 – いやぁ、そうっすよねー
黒さん含め、LICで働けて良かったって思ってくれる人がでてきたり、振り返ったらよかったなって思える専門職が1人でも2人でも増えたらいいすよね、社内外関係なく。訪問看護ってもっと理解して欲しいし、理解してもらえるように黒さんも活動を続けていくんだと思いますし、私は私の立場でやっていきたいなーと思います。
かなり長いインタビューになっちゃいましたけど、ありがとうございました!

黒:こちらこそ、ありがとうございました!

 

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『the town stand FLAT (FLAT STAND)』
2016.6月にOPENしたコーヒースタンドとコミュニティスペース機能をMIXした「まちのセカンドリビング」を目指したコミュニティカフェ。まちに暮らす人が1杯のコーヒーやワークショップなどのイベントを通じて、人やコトに出会い、関係性をつくり育んでいくための出入り口の役割を担うべく、さまざまなな活動を展開中。
運営は、訪問看護ステーション/居宅介護支援事業所を運営する株式会社シンクハピネス

フラットインタビュー vol.7 LIC訪問看護リハビリステーション 黒沢さん(前編)
フラットインタビュー vol.7 LIC訪問看護リハビリステーション 黒沢さん(中編)
フラットインタビュー vol.7 LIC訪問看護リハビリステーション 黒沢さん(後編)
フラットインタビュー vol.7 LIC訪問看護リハビリステーション 黒沢さん(おかわり編)