LIC 主導の「くらしとからだの窓口」
いまさらどした??
わたしたちの運営母体は株式会社シンクハピネス。主たる業務は訪問看護事業(LIC訪問看護リハビリステーション) / 居宅介護支援事業なんですね。もともとは地域の一専門職として、地域の人として何ができるのか??って問いの中で、目の前の人の暮らしやその人が暮らしている地域を知るんだったら、専門職としての視点ではなく、まちに暮らす1人の人としての視点でみたいよねってことでFLAT STANDをはじめたわけなんです。が、FLAT STANDは哲学として、その特性から「医療」「福祉」みたいなことをほとんど出さずに運営してきていました。もちろん、話していく中で相談になる人もいれば、そういう活動ということを知って訪れる人もたくさんいました。そんな中で一定程度、「もっとそういうことを出してもいいんじゃない?」って声もいただいてきました。そして、コロナ渦にもともと府中町という離れたエリアにあったLIC訪問看護リハビリステーションを、「たまれ」界隈にもってきました。そのプロセスの中で、「あ、看護師さんなんだ?」「実は父が退院するんだけど..」っていうのを、FLAT STANDだったりそれぞれ個別だったりで受けていたんですよね。そこから具体的に専門的な関わりがはじまることもあったりした中で、いったん公民館化の流れで、専門職メンバーもFLAT STANDに改めて立ってみようではないか..と。きっとよいこともよくないことも起きるとは思いますが、やってみようと。
くらしとからだの窓口(くらからっち)とは
てなわけで、LIC訪問看護リハビリステーション(居宅含む)が、法人会員枠にて月に1回、「くらしとからだの窓口」をスタートしています。
くらしのこと・からだの変化にまつわる不安や疑問、制度のことなど、気軽に・雑談から話せる相談窓口 です。
対応するのは、実際に地域で活動しているケアマネジャー・看護師ですが、専門職である前にその地域に関わる人であることを大切にしています。
って。
まずは「やってみる」ってことからはじめるんですよ。でも、反応や成果は急にはでません。まぁ結構へこたれるんですよ、実際は。で、それを因数分解してみて少し先のイメージをもちつつそこを目指してやってみる。また修正する。そうすると反応は、ゼロではないんですよねー
『関わっている利用者さん、家族さんがきてくれることもある』
『興味をもってくれる業界関連の人が来てくれることもある』とか。
まぁ、現在地はこんなとこですかねー。(管理人身内には3倍辛口)1つの大きい窓口って求められてます??
やっているうちに「こういう機能にした方がいい」「これも置いておこうか」って増えていくんですよね。
で、ホスト側も増えていく…
わかりやすい旗を立てておくってことは、なんかロジックで大きな1つの窓口を立てることとは同義でないし、別物ではないかと思うわけです。そもそも、それでいいなら地域包括支援センターにいけばいいし、そのハードルを下げたいなら地域包括の前で珈琲淹れたらいんじゃない??
時間はかかることが前提で、「すえたけさんが珈琲を淹れているみたい」「黒沢さんもたまに店に立ってるみたいよ」「神田さんは好きなお菓子や季節の果物を用意してるみたい」みたいなちいさくて、いろんな窓がある。そして、ここにそういう窓があるんだって…って認知されていくことが大事な気がするし、そういうちいさい出来事や反応を1つ1つ向き合いながら正解も不正解もわからず揺れていくプロセスを重ねていくことが、専門性を横に置いてまちにでた専門職が、1人の人として自分のもっている枠で勝負するんではなく、しらない海を航海していく的な。

「できない」「しらない」を知ることから
どちらが教えてもらうのか。
知らない間に、そして専門的な学びをしていく間に、それを使いたくもなるし、それを教えてあげよう的な罠にハマっていき、「困っている人に伝えてあげよう」「困っている人を探そう」ってなるんですけど、それはときに自分にとって都合のよい困りごと探しであることすら起き得ます。
そうではなく、1人の人としてまちに出るってことは、「できない」「しらない」自分に絶望することからしかはじまらないんじゃないかと思うわけです。この文章を書いている私もそうでした。
そして、いっしょに悩ませてもらったり、その人がみている窓から横にならんで眺められるように、同じ窓からでもみている風景は同じではない中で、思いを馳せていく…そこになにかがあるんじゃないかと。
つまり、まだまだこちら側からその人の窓を覗いている状態だから、みたいものをみているに過ぎないんじゃないか…と。もちろん、ココに立っているメンバーはそれぞれ考えているはずだし、想いもあってココにいる。でも、大人援助職としてはいつでもそれを、自分を疑い続けないといけない。それを専門職側が学べる場所である、ってことの方が大きいと思っているんです、わたしは。まぁピー子さんくらい辛口目に記事にしたので、批判は社内外からありそうな気配があります。
でも、FLAT STANDはそれくらいの気持ちをもって続けてきたし、たくさんの人に育んでもらいながら今があるわけで、真ん中には曲げられないものもあるわけですねー
だからこそ、そこにぶつかっていく中でお互いストレスも出るし、その中で学びもあるわけです。
リターンだけ効率的に求めたら何も手に入らない。リスクや気迫をもって、これから「くらしとからだの窓口」を育んでいってほしいという、ラブレターです。


